国画会が運営する日本最大級の公募展。

絵画部 会員インタビュー

第1回 北海道  2002

北海道~沖縄までの会員・準会員のインタビューとご紹介

 

絵画部北海道地区(北海道在住)の会員・準会員は現在のところ、遠藤ミマン会員、山本勇一会員、小林憲治会員、福井路可会員、本城義雄準会員、以上会員4名、準会員1名、の計5名のメンバーです。北海道区の国展絵画部出品者による活動は、出品者が広い北海道の全城に散在していること、古くからリードして下さった故 国松 登先生をはじめベテラン会員方が他界されたこと等の理由から現在は休止せざるをえない状況にありますが、数年前まで実施していた”北海道国展の復活を!”といった気運が高まってきており、近い将来 北海道出身者・関係者も加わった”北海道国展開催 ”を確信しています。

(文、福井路可会員)

 

 

「マンの魔の山ミマンの病魔」  遠藤ミマン会員

国展は16回展からー。 作年米寿記念展のあと、累積疲労で大病予感?トーマスマンの“魔の山”上下を持って11月に入院した。上巻読了後、ホントに病魔が襲来したよ。胃壁から血が噴出したのだ。絶飲食の2週間は点滴。特発性血小坂減少性紫斑病と判明してやれやれ。下巻はこの小説の山、“雪”の章が50頁ある。マンは降る雪を“自然の姿の原始的単調さ”と解し、スキーで雪と遊び、さらに雪から幻影、虚構をもらう陶酔体験を書く。ぼくは鮮烈な刺激を受けて、“魔の山読書と自分の死”を結んで、絶筆的作品の下絵を数枚描いたが、元気回復で絶筆になりそうにない。三月末には退院する。国展で好きな作品…久保“庭園”香月“ホロンバイル”国松“氷の椅子”藤岡“降る雪”それに大沼“黒に憑かれて”これにてエンド。

 

 

 

福井路可会員

“画家”を目指し本気で絵を描き始めたのが大学入学と同時で、丁度二十歳になる年です。貧しい絵描きだった亡父が生涯国展に出品していたこともあり、生まれた時からずっと絵の具の匂の中で生活してきていた訳です。長い冬が終り春が訪れるが如くごく自然に翌春から国展に初出品、現在に到っています。 以来二十余年、毎年国展での作品発表を制作の大きな励みに自分としては只管に頑張ってきたつりです。顧みますと、絵の内容も少しずつではありますが変化してきているものと思います。制作時間等の関係上、最近の作品は素材や絵具のつけ方も変わって来ていますが、水平・垂直の交差する軸、或いはクロスのつくり出す座標からの新たな時空の可視化・形象化が課題となっています。不可視の時間や心といったものの視覚化、画面への定着という試みは、初出品の時からの変わらぬ国展への想いといと共に今後もずっと続くものと思っています。

     2020/05/12  絵画部・会員インタビュー


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